経過観察5年目に走ったざわめき
年に一度のマンモグラフィーとエコーで経過観察を続けて5年。
「やっぱり大丈夫だったんだ」と思えるようになってきた頃でした。
いつものようにエコー検査を受けていたある日、先生の手がふっと止まり、同じ場所をゆっくり何度もなぞる姿に、胸の奥がざわつきました。
「ちょっと気になるところがあるので、詳しい検査をしましょう。」
そのひと言を聞いた瞬間、冷や水をあびたように体がヒヤッとして、頭が真っ白に。
説明を受け、同意書にサイン。――「痛い検査」とだけ頭に残ったまま、緊張で体をこわばらせて臨みました。やっぱり痛かったです😅
年末年始、結果を待つ時間
結果が出るまで2週間。しかもタイミングは年末年始。
統計的には「乳がんの確率は低い」と説明を受けていたので、「大丈夫かも」と思いながらも、私は誰にも言いませんでした。夫にも、親にも、友人にも。
買い物に出れば、おせちやお餅、鮮やかな刺身がずらり。
親戚が集まれば、子どもたちの笑い声、台所の鍋の音、近況報告が飛び交います。
「元気ー?」と聞かれて、「元気だよー」と笑って返すたびに、胸がちくっとしました。本当は少し不安を抱えているのに、うまく言葉にできない自分。
我が家は早寝なので、夜22時には私以外は夢の中。
ぼんやりつけっぱなしの紅白を眺めたり、お笑い好きの私は正月のお笑い番組を見ている間だけは、不安を忘れられました。笑い声に、何度も助けられました。
みんなが寝静まった後、家の中はしんと静まり返っていました。
暖房の音と時計の秒針だけが耳に残り、その静けさが余計に不安を大きくしていきます。
目を閉じれば、検査室の冷たい空気や機械の音がよみがえり、心臓の鼓動がやけに大きく感じられました。
眠ろうとしても浅い眠りを何度も繰り返し、朝が来るたびに「あと何日で結果が出るんだろう」と数えてしまう日々でした。
再検査待ちの時間が、がん治療の中で一番苦しい時間だったように思います。
年明け最初の診察で告げられたこと
年が明けて最初の診察の日。
検査結果を丁寧に説明してくださり
画像でここががん細胞と説明してくれました
これががん細胞ね。。。よくわからないけど、先生が言うからそうなんだろうな
「かなり初期の乳がんです」
覚悟はしていたはずなのに、「がん」という言葉をはっきり聞いた瞬間、胸の奥にずしんと重さが落ちてくるようでした。
それでも同時に、少しホッとした自分もいました。ようやく、結果がはっきりしたから。
先生から「ちゃんと見つかってよかった」「これから治療すれば大丈夫」という前向きな言葉をかけてもらいましたが、うまく返事ができていなかったと思います。
クリニックでは手術をしていないので
その場で病院を決めることに。
手術してくれる病院のリストには
息子が生後3日で救急搬送され今も定期通院している総合病院がありました。
そこなら会計の仕方や検査の受け方などわかっているので心強いなと思いそちらに決めました。
その場で予約をとっていただきました。
戸惑いが強くて、私のがんを見つけてくれた先生に挨拶もお礼もうまく言えずに帰ってしまったと思います。
とても後悔したのですが、手術が終わり治療が軌道にのった1年後にまたそこのクリニックへ戻ることができ、お礼も伝えられました。そのお話はまた次の機会に🥰
これからのこと、そして次回へ
診断がついたことで、やっと前を向こうと思えるようになった私😊
でも、この時点では、まだ夫にも話していませんでした。
次回は、夫に伝えたときのことを綴ります。
※この記事は、記憶と当時のメモ(備忘録)をもとに書いています。
乳がん体験記シリーズ一覧はこちら

コメント